20世紀初頭のフランスに実在した、「髭の生えた女性」として知られた女性をモチーフに、自分らしく生きることの難しさと尊さを描いた映画『ロザリー』が公開されました。
昔、学校の教科書に載っていた偉人の写真や肖像画に余計な髭などを描いてイタズラをしていた人も少なくはないでしょう。私もその一人でした。
本作の主人公は「豊かな髭を生やしている」「多毛症である」ということを除いては、一人の「美しきフランスの女性」であり、彼女の表情は私に幼きころの無邪気なイタズラとその光景をダブらせながら、どこかそんな過去の私に罪悪感のようなものをおぼえさせてきました……。
映画『ロザリー』とは
作品概要

(C)2024 – TRESOR FILMS – GAUMONT – LAURENT DASSAULT ROND-POINT – ARTEMIS PRODUCTIONS
19世紀フランスに実在した「髭を生やした女性」クレマンティーヌ・デレをモデルに、コンプレックスを乗り越えありのままの自分で生きるべく奮闘する女性の姿を描いた物語。
作品を手がけたのは、長編デビュー作『ザ・ダンサー』で注目を集めたステファニー・ディ・ジュースト監督。本作で長編デビュー作に続きカンヌ国際映画祭に出品・ある視点部門出品、クィア・パルム賞ノミネートを果たしました。
キャストには『私がやりました』『悪なき殺人』のナディア・テレスキウィッツ、『ピアニスト』のブノワ・マジメル『パーソナル・ショッパー』などのバンジャマン・ビオレ、『ぼくを探しに』のギョーム・グイら。
製作年:2023年(フランス・ベルギー合作映画)
原題:Rosalie
監督・共同脚本:ステファニー・ディ・ジュースト
原案・共同脚本:サンドリーヌ・ル・クストゥメル
出演:ナディア・テレスキウィッツ、ブノワ・マジメル、バンジャマン・ビオレ、ギョーム・グイ、ギュスタブ・ケルベン、アンナ・ビオレほか
配給:クロックワークス
あらすじ

(C)2024 – TRESOR FILMS – GAUMONT – LAURENT DASSAULT ROND-POINT – ARTEMIS PRODUCTIONS
1870年代のフランスで多毛症という悩みを抱えていた女性ロザリーは、そのことを周囲に隠し続けて生きていました。
しかし田舎町でカフェを営むアベルと結婚し、彼の営むカフェを手伝うことに。当初は歓迎されながらも、多毛症であることが知られるとアベルから急に拒絶されてしまいます。
それでもアベルのもとが自身のいるべき場所であるとの信念のもと、彼女は自分が髭を伸ばした姿を見せることで客が集まるかもしれないと思いつきます。
最初はそんな彼女の行動に不信感を持っていましたが、彼女の純粋で真摯な姿勢に彼は徐々に惹かれ、理解を示していくのでした。
「自分らしく生きる」ことへの問い

(C)2024 – TRESOR FILMS – GAUMONT – LAURENT DASSAULT ROND-POINT – ARTEMIS PRODUCTIONS
作品を手がけたステファニー・ディ・ジュースト監督は、モデルとなった女性クレマンティーヌ・デレのイメージより
「見せ物となるのを拒絶し、一人の女性として人生を歩む欲求を誰よりも持っていたことを知り、時代の偏見に抗い女性らしさを貫く女性」
という主人公ロザリーの人物像を作り上げました。
物語中で主演を務めたナディア・テレスキウィッツは、ロザリーの髭を生やした顔を生き生きとした表情で表しています。これは、冒頭で彼女が多毛症をアベルに隠しどこか後ろめたさを抱え、オドオドした表情を見せていたのとは対称的な心理状態です。
望まなかった自身の運命を「自分らしさ」として受け止め、そんな自分を認めてもらいたいと願うロザリーの表情は、見ていて胸を強く締め付けられるような苦しさをおぼえさせられるようでもありますが、同時に自分らしく生きることの大切さを強く示してきます。

(C)2024 – TRESOR FILMS – GAUMONT – LAURENT DASSAULT ROND-POINT – ARTEMIS PRODUCTIONS
ユーモアすら感じられるロザリーの笑顔とは裏腹に、陰湿な声を浴びせ彼女を批難する人々。彼らは決して望んでそんな性質を持ち生まれたわけではない彼女を、まるで悪人であるかのように嫌悪します。
しかし彼女の振る舞いに村人は違和感をおぼえながらも、中には彼女を支持する人も現れます。それは時代的にまだ低く見られていた女性をはじめとした、いわゆる「弱者」という立場にある人々。1870年代の物語でありながら、この人物関係はまさに現代の「生きづらさ」の構図を描いたものです。
髭を生やした女性という特徴的な部分で物語を観がちでありますが、非常に普遍的な課題に言及した物語であるという印象が強く見える中で人と違う自分を、どう受け入れ生きていくかを問う、そんな製作側の意思がうかがえます。

(C)2024 – TRESOR FILMS – GAUMONT – LAURENT DASSAULT ROND-POINT – ARTEMIS PRODUCTIONS
物語は決してハッピーエンドではありません。ある意味ロザリーの姿は人々から否定され、そのことに彼女は絶望します。しかし同時に多くの人々が彼女を弾圧しながら、彼女を理解し手を差し伸べる人もいたことを示します。
ラストシーンは「生きづらさ」は決して消えることのないものであることを示しながらも、それでもどこかに理解者はいて「生きる道はある」と光を示してくれるような印象をおぼえさせ、「生きづらさ」を訴える人々に希望を感じさせてくれるものとなっています。
映画『ロザリー』は2025年5月2日(金)より全国順次上映