0090代の女性と若い学生との交流を描きながら、「語り継ぐこと」と「人とのつながり」という普遍的なテーマに向き合った物語『エレノアってグレイト。』。
長年連れ添った親友を亡くし孤独を抱える老婦人がこの物語の主人公。ある日、ホロコースト生存者の自助グループに迷い込んだ彼女は、その場しのぎで亡き親友ベッシーの体験を自分のこととして語ってしまいます。その話に心を動かされたジャーナリスト志望の学生ニナとの出会いをきっかけに、エレノアの小さな嘘は思いがけない広がりを見せていきます。
『アベンジャーズ』シリーズや『ロスト・イン・トランスレーション』などで知られる俳優スカーレット・ヨハンソンが、長編映画監督として初めて作品を手がけたことでも話題を呼んだ本作は、第78回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門への正式出品でも注目を集めました。
一見すると「嘘から始まる友情」を描いたヒューマンドラマですが、本作の魅力はそこにとどまりません。ホロコーストの記憶をどう受け継ぐのかという重いテーマと、孤独を抱えた人々が世代を超えてつながっていく温かな物語が絶妙なバランスで共存しており、ユーモアを交えながらも、人が誰かの声に耳を傾けることの大切さを静かに問いかける一本です。
映画『エレノアってグレイト。』とは
作品概要

(C)2025. Distinto Films SLU, Nexus Creafilms SL, A Contracorriente Films SL, Diverso Films AIE
一つの嘘をきっかけに出会ったアクティブな老婦人と、母を亡くした学生の友情を優しく、そして真摯な視線で描いたドラマ。
本作で初めて長編映画の脚本を手がけるトリー・ケイメンが自身の祖母や家族の歴史を下敷きに書き上げた脚本をもとに、俳優スカーレット・ヨハンソンが監督として作品を手がけたました。
主演を務めたのは『テルマがゆく!93歳のやさしいリベンジ』のジューン・スキッブ。共演には『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』のエリン・ケリーマン、自身もホロコースト生存者である俳優リタ・ゾーハーらが名を連ねています。
製作年:2025年(アメリカ映画)
原題:Eleanor the Great
監督・脚本:スカーレット・ヨハンソン
出演:ジューン・スキッブ、エリン・ケリーマン、ジェシカ・ヘクト、リタ・ゾーハー、キウェテル・イジョフォーほか
配給:東映ビデオ
あらすじ

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カリフォルニアで長年連れ添って生きてきた親友ベッシーを亡くし、心にぽっかりと穴が空いたように感じていた老婦人エレノア。母である彼女を心配する娘の勧めもあって、彼女はニューヨークに引っ越してきます。
そしてある日、JCC(ユダヤ人コミュニティセンター)のお茶会に参加するつもりが、ホロコースト生存者の自助グループの会に迷い込んでしまったエレノア。彼女はベッシーから聞かせられていたホロコーストの記憶を思い出し、その場しのぎで語ってしまいます。
そこで激動の半生に感銘を受けたジャーナリスト志望の学生ニナ。彼女はエレノアに近づき、新たな友情が芽生えます。そのことに心躍らせるエレノアでしたが、この嘘はやがてひとり歩きをはじめ大騒動に発展してしまいます……。
ホロコーストの記憶と伝承をめぐる物語で示す「なぜ語り継ぐのか」という真意

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本作の設定には、たとえば1982年の映画『トッツィー』などを思い出す方もおられるのではないでしょうか。かつて「なりすまし」や「勘違い」を題材にしたコメディー映画は数多く作られた経緯もあります。以前当サイトで紹介した映画『サムシング・エクストラ!やさしい泥棒のゆかいな逃避行』なども、こういった傾向の作品ですが、『エレノアってグレイト。』が描いているのは、笑いのための嘘ではありません。
物語の中心にあるのは、エレノアがなぜ亡き親友ベッシーの体験を語り続けたのかという問い。
ホロコーストを生き延びた人々の多くは、家族や友人を失いながら戦後を生きることになりましたが。その体験を語ることは容易ではなく、長い沈黙を選んだ人も少なくないといわれています。しかし反面に、その記憶を忘れ去られてはならないという思いも存在しているわけです。
物語で重要なキーを握るベッシーもまた、自らの人生を語り続けてきた人物として描かれており、エレノアは、その記憶に耳を傾けた数少ない存在でした。

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物語におけるエレノアの行為はもちろん「嘘」です。しかし本作が興味深いのは、その行為の是非を単純に裁こうとしないところにあります。彼女の言葉の奥には、亡き友人の人生や思いを、少しでも誰かに届けたいという誠実さがあるわけで、この作品からは「伝承」とは何なのかを改めて考えさせられます。
たとえばホロコーストと広島・長崎の原爆被害は歴史的背景も性質も異なる出来事ですが、悲劇の記憶を次世代へどう伝えていくかという課題においては共通する部分があるでしょう。
当事者の高齢化が進む今日現在、歴史を語れる人は少しずつ減っていることが課題として叫ばれています。だからこそ本作は、記憶を受け継ぐために必要なのは単なる記録ではなく、「誰かの話を真剣に聞こうとする人」の存在なのではないかと問いかけているように見えてくるでしょう。
世代を超えて支え合う――エレノアとニナが見つけた新たな居場所

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また本作は、歴史の伝承だけを描いた作品ではありません。エレノアとニナという年齢の離れた二人の女性の関係に、もう一つの大きな魅力が見えてきます。
エレノアの家族は「穏やかで安全な老後を送ってほしいという」思いで彼女を心配しています。その思いはもちろん本物でしょう。しかしそれはエレノア自身が求めている生き方と必ずしも重なってはいません。
一方のニナもまた母親を亡くした悲しみを抱えており、支えを求めながらも、その孤独をうまく埋められずにいます。
そんな二人が出会い、少しずつ心を通わせていく姿は実に魅力的。エレノアはかつてベッシーの声を受け止めたように、今度はニナの孤独を受け止めます。そしてニナもまた、エレノアという一人の人間を理解しようと距離を近づけていきます。

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近年は世代間の分断が語られることもわりに度々あり、若者と高齢者が互いを理解できない存在として描かれる場面も増えています。しかし本作が示しているのは、その壁を越える可能性でもあります。
人生経験の豊富な高齢者が若者を支えるだけではありません。若者もまた高齢者に新たな居場所や生きる喜びを与えることができます。支える側と支えられる側は固定された関係ではなく、互いに支え合うことができるわけです。
物語の冒頭では、ベッシーにとっての居場所はエレノアでした。そしてエレノアにとってニナが居場所となり、ニナにとってもエレノアが居場所になっていきます。
誰かの声を受け止めること。その営みが、人の孤独を和らげ、記憶を未来へつないでいく。本作は歴史を語り継ぐことと、人と人とがつながることは決して別の問題ではないと教えてくれます。生きづらさや孤独が語られる現代だからこそ、その優しく力強いメッセージが心に残る作品であるといえるでしょう。
