ドイツの広大な森を舞台に、100年という長い歳月の中で、異なる時代を生きる四人の少女たちが体験する不可解な現象と、土地に刻まれた記憶を描いた映画『落下音』が公開されます。
ドイツの新鋭マーシャ・シリンスキ監督が手掛けた本作は1911〜2000年代というさまざまな時代の中、ドイツの激動の歴史をポイントに、同じ場所で繰り返される「音」の正体と、時代を超えて共鳴し合う女性たちの得体の知れない不安や孤独を、重層的な物語として構築した物語。
全編を通して観客の聴覚を刺激する「音」の演出は極めて緻密。目に見えない恐怖のような不安感が静かに忍び寄る様は、155分にわたる壮大な怪奇譚を体験しているかのような没入感をもたらします。
第98回アカデミー賞の国際長編映画賞ドイツ代表にも選出された本作は、歴史の闇に葬られた声なき叫びを映像美とともに現代へと呼び起こす、極めて独創的かつ野心的な一作です。
映画『落下音』とは
作品概要

(C)Fabian Gamper – Studio Zentral
それぞれ異なる時代を生きる四人の少女が、同じ北ドイツのとある農場の中で体験する出来事を交差させて描いた映像叙事詩。
本作を手掛けたのは、長編第2作となるドイツ出身のマーシャ・シリンスキ監督。作品は2025年・第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にて審査員賞を受賞しました。
製作年:2025年(ドイツ映画)
原題:In die Sonne schauen(英題:SOUND of FALLING)
監督・脚本:マーシャ・シリンスキ
出演:ハンナ・ヘクト、レア・ドリンダ、レーナ・ウルゼンドフスキー、レニ・ガイゼラー、スザンネ・ベスト、ルイーゼ・ハイヤー、クラウディア・ガイスラー=バーディング、リュカ・プリゾほか
配給:ギャガ
あらすじ

(C)Fabian Gamper – Studio Zentral
1910年代、同じ村で自分と同じ名前を持つ、幼くして死んだ少女の気配を感じたアルマ。
1940年代、戦争の傷跡が残る中で片足を失った叔父への抑えきれない興味と欲望の芽生えに気づき、自らの中にうごめく得体の知れない影に戸惑いを見せるエリカ。
1980年代、常に自分を妖しく見つめる“何か”の視線におびえるアンゲリカ。
そして現代、家族とともに移り住んだ場で、自分という存在の消失による孤独感にさいなまれるレンカ。
四人の少女の不安は、百年の時の中で交差し、彼女らが生きる農場の空気を静かに覆い尽くしていくのでした。
理由はわからないのに息が詰まる——“見られること”と“閉じ込められること”が描く生きづらさ

(C)Fabian Gamper – Studio Zentral
四つの時代、四人の少女。それぞれの時間を生きる彼女たちの物語は、一見するとばらばらに見えながら、同じ土地と血のつながりの中で、どこか静かに重なり合っていきます。
そこで描かれるのは、大きな出来事そのものというよりも、その中で生まれる、うまく言葉にできない感覚のほうです。
ある少女は不自由な身体となった大人の姿を見つめながら、自分の身体を拘束するようにその動きをなぞります。他人の不自由をまねるその行為は、単なる共感というより、自分の中にある息苦しさを確かめているようにも見えます。

(C)Fabian Gamper – Studio Zentral
別の少女は、周囲から向けられる視線の中で自分の存在のあり方に違和感を覚えていきます。それははっきりと説明されるものではなく、「見られている」という感覚として、少しずつ積み重なっていきます。
また、幼くして死に触れる少女や、抑えつけられたような環境の中で過ごす少女の姿も描かれますが、そこに共通しているのは、どこかに閉じ込められているような感覚です。
それは外から与えられるものでもあり、同時に自分の内側からも生まれてくるもののように感じられます。
自分が自分でないような違和感。理由ははっきりしないのに、確かに苦しい。その状態が説明されることなく、ただその物語の中にあり続けます。

(C)Fabian Gamper – Studio Zentral
同じ場所、同じ血を持つという設定は、この感覚に逃げ場のなさを与えています。
個々の出来事を超え息苦しさそのものが受け継がれていくように、少女たちの時間はゆるやかにつながっていきます。それは特定の誰かの問題というより、もっと広く、多くの人がどこかで触れてしまうもののようにも思えます。
こうした描写から、本作を女性の視点に根ざした物語として受け取ることもできます。
確かに、視線や抑圧といった要素は印象的に描かれています。ただこの作品は、「何が問題なのか」「どうあるべきか」といった答えを示すことはしません。
むしろ、うまく言えない違和感や息苦しさを、そのままの形で差し出してくる印象です。そのため、観る人の経験や状態によって、受け取り方は大きく変わっていくでしょう。

(C)Fabian Gamper – Studio Zentral
画面は落ち着いたトーンで統一され、どこか絵画のように整った構図が続いていきます。
その中に、現実の延長のようでいて少しだけずれたイメージが差し込まれることで、作品全体に不思議な揺らぎが生まれています。洞窟の中をさまよう姿や、輪郭のはっきりしない写真といった場面は、見慣れているはずの光景を少しだけ遠ざけて見せるようです。
何が起きているのかは、最後まで明確には語られません。ただその「わからなさ」の中で、確かな感触だけが残ります。
理解するための物語というより、うまく言葉にできない感覚と向き合うための体験。観終わったあとに残るその説明しにくい感覚こそが、この作品のいちばん大きな特徴なのかもしれません。
