11月23日より26日にわたり、広島にてイベント『広島国際映画祭2023』が開催されました。
この映画祭は2009年に開催された「ダマー映画祭inヒロシマ」を前身として誕生したもので、広島という地で行われることをコンセプトとして「ポジティブな力を持つ作品を、世界から集めた映画祭。」というポリシーを掲げ毎年開催されており、今年は15周年という節目の時を迎えました。
今回はコラムにて、この映画祭で特別招待された作品を、イベントに招待されたゲストによるトークショーのレポートとともに紹介していきたいと思います。
第3回はフィリピンのブリランテ・メンドーサ監督による映画『義足のボクサー GENSAN PUNCH』です。
映画『義足のボクサー GENSAN PUNCH』とは
概要
第62回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した『キナタイ マニラ・アンダーグラウンド』や、『ローサは密告された』『罠 被災地に生きる』などを手掛けたフィリピンのブリランテ・メンドーサ監督が初めてスポーツをテーマとして描いたヒューマンドラマ作品。義足というハンディキャップを抱えながらもプロボクサーを目指し日本からフィリピンに渡った実際の青年をベースに描きます。
キャストとして主人公・尚生(なお)を、沖縄出身で海外作品でも活躍する俳優・尚玄が担当。さらにフィリピンのジムでトレーニングに勤しむ男性役を、日本出身の金子拓平、尚生を見守る母親役を南果歩が演じます。
あらすじ
沖縄でボクシングジムに通いながら母親と2人で暮らす津山尚生(つやま・なお)。幼少期に右膝から下を失いながらも懸命にトレーニングに励み、プロボクサーになる夢を抱いていた彼でしたが、義足であることがネックとなり、日本でのプロライセンス取得はことごとく却下されてしまいます。
それでも夢をあきらめきれない尚生は、フィリピンへ渡ることを決意。フィリピンのジム「GENSAN PUNCH」でトレーナーのルディと出会います。
尚生の熱意に触れたルディは、現地のボクシング協会に確認、ここでは義足であってもプロを目指すボクサーたちの大会で3戦全勝すればプロライセンスを取得でき、さらに毎試合前にメディカルチェックを受ければ、ほかの者と同じ条件で挑戦できることを知ります。
そして尚生はルディとともに、夢への挑戦に向けて再び歩みを進めるのでした。
広島国際映画祭2023 ブリランテ・メンドーサ監督 トークショー
作品は11月25日に上映され、公開後には本作を手がけたブリランテ・メンドーサ監督と、本作に出演した広島出身の俳優・金子拓平さんが登壇、映画製作にまつわる経緯などを語りました。
ドラマ性のある物語ながらドキュメンタリー的な映像が印象的な本作ですが、監督は「ドキュメンタリー、ドラマと(自分の中では)その区別はありません。見る人が『事実だ』と思ってもらえるよう、リアルに描くことを追求しています」と語ります。
一方、本作のアイデアは主人公を演じた俳優・尚玄さんとプロデューサーよりもらったものだったとのこと。リサーチを進めることで興味を深め、実際に本作のモデルでもある義足のボクサー、土山直純さんと対面しアイデアに対して好感触をおぼえたことで製作を決めたことを振り返ります。
一方、スポーツを題材とした作品は本作が初めてというメンドーサ監督。フィリピンのボクシング、スポーツ事情に関して「フィリピンでボクシングは『稼ぐためのスポーツ』という現実があります。その背景には貧困問題があり、貧しい子どもたちの多くは英雄マニー・パッギャオ(世界6階級制覇を成し遂げた元プロボクサー)に憧れ、彼のような世界チャンピオンになりたいと願い、その座を目指しているのです」とフィリピンの厳しい国内事情を明かします。
なおメンドーサ監督は現在新作映画『カメレオン』を製作中。この物語はトランスジェンダーの主人公にまつわる物語を通じて愛や平等の問題に触れるもの。本作と同様に日本でも撮影が行われ、日本の武田梨奈、奥田瑛二、伊原剛志、尚玄ら俳優陣の出演が決定しています。
このトークイベントでは『カメレオン』でも美術を担当する映画祭の代表・部谷京子さんとともに本作、『カメレオン』両作の関係者が壇上で挨拶。『カメレオン』で再び広斎間国際映画祭にて上映、来場することを誓いました。
リアリティーを追求する意味を感じさせる作風
映画『ケイコ 目を澄まして』の所感でもありますが、本作のように体にハンディキャップを抱える人をテーマとした作品は近年、さまざまな変化を見せています。
日本国内では「絶対に義足では叶わない」というプロボクサーの夢を信じ、フィリピンボクシング界での可能性に賭けて自ら厳しい環境に身を投じる主人公・尚生。
しかしボクシングに身も心も没頭する彼の表情からは、ときに苦しみ思い悩みながらも強い喜びが見え、身体的ハンディキャップは「ハンディキャップ」ではなく「一つの特徴」とすら見えてきます。多くのことに苦しんできたはずの彼は、そんな経緯を歩んできたからこその充実した思いを体全体からにじみ出してきます。
一方、トークショーで、メンドーサ監督は、映画作りに関して「リアルさを追求する」と語りましたが、本作も徹底的にリアリティーを追求した様子がうかがえます。カメラアングル、俳優陣の演技だけではなく、脚本に書かれる人物像、その動作、演出にまでそのこだわりが生かされています。
作品の冒頭で、尚生は自身のハンディキャップが「日本でプロボクサーになる」という自身の夢を妨げていることに対し潔く理解を示します。通常のドラマ映画などを見慣れた方は、その表情に対し「普通のドラマ作品だったら、こんな場面でこんな風に対応するだろうか?不条理に対する怒りの表情を見せたりしないか?」などと感じたり、少し戸惑ったりするかもしれません。
しかし見進めていくと、実は「この動作の方が現実に近い」とそのリアリティー性に気付いていくでしょう。ある意味ドキュメンタリーチックな作風なのですが、ドラマ映画であることを認識すると新鮮さすら感じられるものでもあります。
さらに本作はそのリアリティーが追求されたこと自体にも深い意味が見られます。この作風からは「身体のハンディキャップは必ずしもマイナスになるものなのか」という疑問すら感じられ、人々がより人生をポジティブに生きるヒント、そして勇気を与えてもらえるようでもあります。
ちなみにタイトルにある「GENSAN」とは、フィリピン・ミンダナオ島南部の街「ジェンサン」=ジェネラル・サントスを指します。この街はフィリピン・ボクシング界の英雄・パッキャオが幼少を過ごした街としても知られています。