音楽を通し希望を教える教師とその教え子たちの絆と心温まる成長のさまを追った音楽ヒューマンドラマ『キリコのタクト〜YELL〜』。
第76回NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲として制作され、第51回日本レコード大賞で優秀作品賞を受賞した「いきものがかり」の楽曲「YELL」に着想を得て、描き出されたというこの物語。
かつて全国を制覇した伝説の音楽教師、その失踪という謎を追うミステリー仕立ての展開がとてもユニーク。その一方で記者の主人公がかつての合唱仲間と恩師の足跡をたどる中、彼女が姿を消した隠された真実に迫り、同時に自分たちの現在と未来を見つめ直していくという展開には「成長」や「未来」といった普遍的なテーマへのポジティブなメッセージが感じられます。
映画『キリコのタクト』とは
作品概要

(C)2026 額賀澪/双葉社「キリコのタクト〜YELL〜」製作委員会
作品を手掛けたのは『カノン』『レディ加賀』の雑賀俊朗監督。本作の主演を務めたのは鈴木京香。本作に臨むに当たり、指揮やピアノのレッスンを重ねたといわれています。そのほかのキャストには藤原大祐、小泉今日子、榊原郁恵、小西博之、宅麻伸、名取裕子ら若手、個性派、ベテランが名を連ねました。
また本作は「YELL」のミュージックビデオの撮影地でもある神奈川県厚木市の市制70周年記念事業の一つとして制作されており、撮影は厚木市内でオールロケが行われました。
製作年:2026年(日本映画)
監督・脚本・原作:雑賀俊朗
出演:鈴木京香、藤原大祐、井頭愛海、田辺桃子、西垣匠、榊原郁恵、小西博之、大島さと子、四方堂亘、小泉今日子、宅麻伸、名取裕子ほか
配給:KeyHolder Pictures
あらすじ

(C)映画「キリコのタクト YELL」製作委員会
ある音楽出版社に勤める記者・北村翔・彼は雑誌「音楽ジャーナル」の特集である企画「伝説の音楽教師」で、全国合唱コンクールに数々の優勝をもたらし「優勝請負人」と呼ばれた伝説の人・原田貴理子を取り上げることを編集長から命ぜられます。
実は北村にとって貴理子は、かつての恩師。彼が高校時代に所属していた合唱部は、彼女の手腕によりコンクールで優勝の栄冠に輝いた過去がありました。しかしある日、貴理子は突然教職を退き、彼らの前から消息を絶っていました。
吉良村は当時の合唱仲間とともに貴理子といた当時の記憶をたどりながら、彼女が姿を消した理由に迫っていくのですが……。
「YELL」の歌詞世界を物語として映像化する
本作の根底にあるのは、いきものがかりの名曲「YELL」。
「YELL」は、「別れ」「成長」「未来への希望」をテーマにした楽曲として広く知られており、「別れ」「YELL」「空へ」といった印象的な言葉を繰り返しながら、仲間との別れを経験しつつ、それぞれが新たな未来へ歩み出していく姿を描いています。
楽曲の流れを追えば、まず自分自身の存在を問い、過去を振り返りながら夢を描く。そして弱さや迷いと向き合い、仲間との絆を胸に未来へ飛び立つ決意を固める。さらに永遠はないと知りながらも友情への誇りを持ち続け、最後には心から心へエールを送り合う希望へと着地します。
本作の舞台である高校合唱部の物語は、まさにこの楽曲構造を映像としてなぞるように構成されています。

(C)映画「キリコのタクト YELL」製作委員会
合唱練習の日々、仲間との交流、卒業や進路を意識する時間。それらは単なる青春ドラマではなく、「YELL」がもともと持っていた世界観を物語化するための要素として配置されているように見えます。
そう考えると、本作はストーリーの細かな整合性を楽しむ作品というより、一つの楽曲が持つメッセージをどう映像に置き換えるのかを味わう作品だといえるでしょう。
正直、首をかしげたくなる部分も少なくありません。特に物語の進行には、「実際にはそんなことある?」「人はその時、そんな行動に出るだろうか」と感じさせる場面はあります。取材や設定の精度という点では、気になる観客もいるでしょう。
しかし作品を見終えて感じたのは、本作の論点はそこではない。物語が描こうとしているのは「現実の再現」ではなく、人が成長していく過程と、その背中を押してくれる存在の大切さなのではないかと思います。
人は“見守ってくれる誰か”によって成長する

(C)映画「キリコのタクト YELL」製作委員会
もう一つ印象的なのが、教師と生徒の関係性です。
物語を見ていると、「なぜこの先生はここまで生徒に関わるのだろう」「なぜそんな接し方をするのだろう」と疑問を抱く場面があります。
しかし、本作はその理由を細かく説明することよりも、先生という存在が生徒たちに何を残したのかを重視しているように感じられます。
そこで浮かび上がるのが、「人は自分を見てくれる誰かによって成長する」というテーマです。

(C)映画「キリコのタクト YELL」製作委員会
人は一人ではなかなか前を向けません。自分の価値が分からなくなったり、自信を失ったりすることもあります。
そんなとき、自分を信じ、見守り、声をかけてくれる存在がいる。その事実が次の一歩を踏み出す力になるのです。
本作は、その過程を「別れ」「成長」「未来への希望」というイメージと重ね合わせながら描いています。
やがて人は旅立ち、それぞれの道を歩いていきます。それでも、かつて自分を見守ってくれた人の存在や言葉は消えません。その記憶が人生の中で、まさに「エール(YELL)」となり続けるのです。
本作は「人と人とのつながりがもたらす成長の力」を描こうとした作品。そしてその思いは、「YELL」という楽曲が長年伝えてきたメッセージとも確かにつながっているように感じられます。



