崩壊の淵に立つ家族と一人の少年の葛藤を鮮烈に描いた『POCA PON ポカポン』。
作品を手がけた大塚信一監督は、前作『横須賀綺譚』で重慶青年映画祭の最優秀監督賞に輝くなど、国内外から熱い視線を浴びる注目の才能。
過去作では社会的なテーマを独自のエンターテインメントへと昇華させてきた監督ですが、本作ではその作家性がさらに深化。劇中で繰り返される謎の音「ポカポン」を軸に、日常の裏側に潜む不条理や人間の心理をスリラー的な緊張感をもって描き出しています。
主演を務めた原田琥之佑の瑞々しくも危うさを感じる演技と、菊地成孔率いる「新音楽制作工房」が手がける重厚な音響が共鳴し、観る者の五感を揺さぶる一作に仕上がっています。
映画『POCA PON ポカポン』とは
作品概要

(C)映画「POCA PON ポカポン」製作委員会
人を癒やしたり、人を壊したりする不思議な声「POCA PON(ポカポン)」と、温かさと人生への諦めが同居するある家族の日常を、日本を震撼させた猟奇殺人事件を背景に描いたドラマ。
『横須賀綺譚』の大塚信一監督が、脚本とともに作品を手がけました。
キャストには『サバカン SABAKAN』『海辺へ行く道』などの原田琥之佑や、尾関伸次、菜葉菜、川瀬陽太、山崎ハコら個性派、実力派俳優が名を連ねています。
製作年:2025年(日本映画)
英題:POCA PON
監督・脚本:大塚信一
出演:原田琥之佑、尾関伸次、菜葉菜、大角英夫、川瀬陽太、山崎ハコ、足立智充、久田松真耶、木村知貴、牛丸亮、松本太陽ほか
配給:Cinemago
あらすじ

(C)映画「POCA PON ポカポン」製作委員会
13歳の健太と10歳の弟・祐二、母親の朝子の3人は、ある地方都市の団地で暮らしていました。
健太は、将来少しでも母と弟にましな生活を送らせたいと必死で勉強をしていましたが、母は優しくもそんな彼に「未来はない」「そんなことは無駄だ。今を楽しんで遊べ」と冷たい言葉をかけてしまう日々。
そんな彼の耳にあるときからどこからともなく「ポカポン」という、不思議でどこか懐かしくも不穏な旋律が響くようになります。それが何だったのか、思い出すことはできません。
一方でその家族を何かと気にかけていた団地の管理人・駿一。健太は、彼には「不思議な力」があることをなんとなく感じ取り、強い興味を抱いていました。
そんなある日、かつて社会を大きな混乱の渦に陥れた猟奇殺人犯が、この団地にいるという噂が流れはじめますが……。
一つの側面だけでは語れない複雑な人生をどう生きるか

(C)映画「POCA PON ポカポン」製作委員会
ある共同住宅に暮らす少年と、そこで働く一人の大人。二人に血のつながりはないものの、どこかで互いを気にかけながら過ごす日々が平凡に、そして所々に挟み込まれる刺激的な表現で描かれていきます。
物語の前半は、そのささやかなやり取りの積み重ねが中心。誰かに声をかけられることや気にかけられること、その何気ない出来事が見る側に、徐々に積もるように残っていきます。
ただ少年を取り巻く言葉は一様ではありません。家族からは優しさの中に、ふと差し込まれる否定的な言葉もある。それは現実を見据えたものかもしれませんが、どこかで未来を閉ざしてしまう響きを少年に突きつけてしまいます。

(C)映画「POCA PON ポカポン」製作委員会
一方で別の場所では「まだ先がある」と手を差し伸べる言葉も。誰の、どの言葉が正しいのかは分かりません。ただその相反する言葉は少年の中に、やはり積もるように重なっていきます。
作中で繰り返される「ポカポン」という不思議な旋律は、そんな状態を想起させます。その旋律は、はっきりとした意味が掴めないまま、それでも耳に残り続ける。この音のように、少年の中にも答えの出ない感情が積み重なっていきます。
やがて彼が見ていた大人の姿は揺らぎ始め、「人は一つの側面だけでは語れない」――そんな当たり前のことを、物語は改めて突きつけていきます。

(C)映画「POCA PON ポカポン」製作委員会
また印象的なのは、終盤のある対話の場面。長い時間を経て、それぞれに複雑な思いを抱えたまま向き合う中で、少年の何気ない一言が空気を変えてしまいます。
それは決して悪意のある言葉ではありません。それでも、その言葉は相手の深い部分に触れてしまうわけです。理解しようとすることは、きっと大切なこと。しかしその思いが必ずしも誰かを救うとは限りません。ときに思いがけないかたちですれ違ってしまうこともある。この作品は、そうした不器用な関わりの中で生まれる揺らぎを、真摯に描き出しています。
「人間は複雑だ」と言ってしまえば、それまでかもしれません。それでも人は生きていく中で「相反する言葉のあいだで揺れながら、何かを選んでいかなければならない」。そんな感覚に、ふと立ち止まらされるような一作です。

