悔恨
であるとすれば、やはり入場してみるべきであったと後悔しています。いくら木造建築といっても変えられない部分は必ず残り、そこは大正8年の丸山館を伺うことの出来る空間のはずです。決して美しい建築ではありません。先に書いた上田映劇のように稼働しているわけでもありません。それなりに保存されているわけでもありません。むしろ社会の底辺を細々歩んでいた、社会一般的にはどうでもよい存在、あってもなくてもよい、いや近隣の住民の方たちからすればない方がよかった存在だったかもしれません。なくなることが運命づけられていた、とも言えます。
しかし、私はこの建物が好きです。
入場したこともない、わずか数回前を通りかかっただけの存在がたまらなく愛おしい。社会の底辺を下支えし、庶民の憩いの場として活況を呈した場所。ここがあったから現在の新潟がある、といっても過言ではないでしょう。
まとめ
このような場所は新潟だけではなく日本各地にあったと思います。私の住む長野市にもたくさんあったそうです。時代の流れには誰も抗えません。なくなってしまうのも仕方のないことでしょう。だからせめて、記憶の中にだけでも残しておいてあげたい。そのように思っております。
と、カッコつけはしたものの腹の中はいつも通りの悔恨の日々。あーー、失敗した。ちゃんと調べて正しく見せて貰えばよかった。まだ建物は残っているので、お願いすれば見学できないわけではないでしょうが、新潟だからなぁ。
追伸
そういえば、長野県にも現役のピンク映画館が存在します。全国的にも珍しい彼の地には一度だけお邪魔したことがあります。機会があれば、そちらのレポートもご紹介できればと考えております。
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