11月28日より3日間に亘り、広島にてイベント『広島国際映画祭2025』が開催されました。
この映画祭は2009年に開催された「ダマー映画祭inヒロシマ」を前進として誕生したもので、広島という地でおこなわれることをコンセプトとして「ポジティブな力を持つ作品を、世界から集めた映画祭。」というポリシーを掲げ毎年開催されています。
今回はコラムにて、この映画祭で特別招待された作品を、イベントに招待されたゲストによるトークショーのレポートとともに紹介していきたいと思います。
第2回は、アリス・イル・シン監督による映画『日系カナダ人物語』です。
映画『日系カナダ人物語』とは
概要

(C)日系カナダ人物語
第二次世界大戦中にカナダ政府によって強制収容され、財産を没収された日系カナダ人の歴史を描くドキュメンタリー。日系二世の医師である柴田ヘンリー隆典氏に焦点を当て、彼の二つの祖国をつなぐ記憶と、戦後復興への道のりを描いています。
作品を手掛けたのは、アジア系カナダ人監督のアリス・イル・シン監督。自身の作品の特徴である「アイデンティティや移民の経験、そして記憶の継承をテーマとした作品」というカラーが強く感じられる、非常に印象的なドキュメンタリー作品です。
あらすじ
ある日系カナダ人のバンクーバーでの生活、レモンクリーク収容所での過酷な生活、そして原爆で荒廃した広島の回想。
ある日系カナダ人の、静かなバンクーバーでの日々。
やがて時代の波に呑まれ、彼はレモンクリーク収容所で過酷な日々を送ることになる。
そして、原爆で荒廃した広島の記憶が、彼の心の奥底から呼び起こされる――。
過去と現在、記憶と現実が交錯する中で描かれるのは、喪失と再生、そして生きることへの静かな祈り。(『広島国際映画祭2025』公式サイトより)
広島国際映画祭2025 アリス・イル・シン監督、川邊ブラウン栄子(プロデューサー) トークショー

作品は11月29日に上映され、公開後には作品を手掛けたアリス・イル・シン監督とプロデューサーの川邊ブラウン栄子が登壇し、映画製作にまつわる経緯などを語りました。
プロジェクトのきっかけは「知人から日系カナダ人の収容所の話を聞いたこと」と振り返る川邊。その実態に強い関心を抱き、体験者をFacebookで募ったところ、本作の主人公であるヘンリーさんに出会ったといいます。
またアリス監督はもともと韓国出身であり、映画製作に進むにあたりヘンリーさん以外にも複数の体験談を聞くことができた理由について「自分が日本人でもカナダ人でもない“韓国人”だったことが関係しているのではないか」と述懐し、このテーマが抱える複雑さを示唆します。

また川邊は、現地カナダでの歴史教育について「カナダの教育の中では、いわゆる高校にあたるグレード10の『人権・公民』の授業で扱う内容だが、教えるかどうかは担当教員次第というレベル」という現状を説明。日系人収容の歴史が十分共有されていない現実を指摘し、本作を制作する意義の大きさを語ります。
作中ではヘンリーさんが“原爆投下後の広島を訪れた”というエピソードにも触れられており、作品と広島のつながりも感じられます。この点について川邊は「カナダに移住した日本人には“移民三県”と呼べる地域があり、滋賀・和歌山・広島がそれにあたります。特に広島県は、カナダで最初に県人会が作られた場所といわれています」と説明し、広島とカナダの日系社会の深い結びつきを紹介しました。
最後にアリス監督は、映像制作の観点から移民や難民の存在に関心を寄せていることともに「ポジティブな方向にモーメントが動くこと」に興味があるといい、その思いを今後の作品作りに込めていきたいとコメント。川邊はこの作品を、多くの人に見てもらいたいとした上で、「移民・戦争・差別の問題は過去のものではない、という認識を持ってほしい」と強調し、作品に込めたメッセージを締めくくりました。
差別と喪失を越えて生き抜いた日系カナダ人の記憶が、今へ問いかける「強く生きる」という選択

(C)日系カナダ人物語
『日系カナダ人物語』は、戦時中から戦後にかけてカナダで差別と強制収容に苦しんだ日系カナダ人の歴史を、日系二世ヘンリーさんの人生を通して描き出すドキュメンタリーです。
彼が幼少期から受けてきた差別や偏見、そして医師として生き抜いた歩みは単なる歴史紹介ではなく「アイデンティティとは何か」「故郷とはどこにあるのか」「人の尊厳とはどこに宿るのか」という普遍的な問いを私たちに投げかけます。
カナダは「移民国家」として知られていますが、第二次世界大戦中、日系カナダ人は財産没収や強制移動、収容所生活を強いられ、家族は離れ離れになり、土地や職を失い、多くのコミュニティが解体されました。
このような歴史は記録として残ってはいるものの、観客が自分事として実感する機会は多くありません。本作はその“歴史”を、ヘンリーさんという個人を通して“生きた経験”へと変換し、観る者の胸に直接届く形にしている点が大きな特徴です。

印象的なのは、ヘンリーさんが過酷な過去を振り返りながらも「今の人生を良いものと思う」と穏やかに語る姿です。差別や理不尽に耐えつつ、医師として人々に向き合い、家族や仲間を支えながら歩み続けたその人生には、強さと優しさが滲み出ています。
差別を非難することはもちろん大切ですが、「その壁をどう乗り越えるか」「どう強く生きるか」という視点を示してくれる点は、本作の魅力だと感じました。
今回上映されたのは短編ですが、それでも『日系カナダ人物語』は、知られざる日系カナダ人の歴史を丁寧に掘り起こし、現在につながる問題として提示してくれる貴重な作品です。差別が形を変えて生き残り続けている現代において、「見えない布告を見落とさないために何ができるのか」を静かに問いかけてくれる映画であります。

